2020年8月23日

雑記

今後の動きについて様々な意見がでているが・・・。僕も色々書きたい。

僕自身は,コロナが収束してまたいつものような活動が戻ってくるとは思えない。そもそも人類が感染症対策というものを行わないまま文明を発展させてきたことが大きく世界を狂わせたと思う。だが今回はそれに気付いてしまった。そんな感じだ。

ソーシャルディスタンスという概念は経済のしくみそのものも変えてしまったと思う。例えば観客が必要なスポーツやコンサートなどの興行を一つとっても,会場そのものが感染症対策として作られていない。観客を最低一席分間隔を開けたとして,単純計算で売り上げは半分となる。今後そのような形で行っていくためには,現状の価格設定では継続することは難しい。

 ならば値段を倍にすればと考えるが,そこにその芸術性の価値が問われることになるだろう。値段の2倍は価値の2倍になるのか,そもそも高額になったチケットを購入するのだろうか・・・。

 10年後を考えよう。今後は感染症拡大防止対策の施設が作られていくだろうし,感染症のリスクを最小限に抑えたものだけがビジネスとして存続していくのではないだろうか。いつまでもいずれ収まるだろうの考えは通用しないと思う。このコロナ問題の長期化は開きかけたパンドラの箱をさらに大きく開いてしまったのではないだろうか。

働き方も大きく変わる。仕事を家に持ち込まないという考えのもとで,家庭での仕事環境ができていない人々もそうは言ってはいられなくなるだろう。

10年後を見据えて,早く動き出した企業,人が勝ち残っていくのだろうか。それとも・・・

2020年8月16日

雑記

 ■教育の目的について

人格の形成 平和的民主的国家の形成者 心身共に健康な国民の育成を期して行う

 以前から教育の目的がすり替わっていることは言われていたが,最近はさらにひどくなっているような気がする。社会への適応や社会に出る前の準備だとか・・・言っていることは正しいのだが,なんだがしっくりこない。そもそも現代社会から隔離されているはずの学校でなぜ社会に適応することを目的にする必要があるのか。学校に求められるものについて話をする時,そんな意見を聞く場面が多くなってきた。

 冒頭に書いた文章は教育基本法1条の内容をまとめたものだ。これも僕の考えなのだが,学校は社会を変えるためにもあるではないだろうか。社会を作り出すのは目の前の子ども達なのである。社会に取り込むというよりは社会に対して視点を増やすことが必要だと思う。「社会に適応するための学校」という位置づけは,僕にとって手段が目的となっている現象に思える。このままでは本来の学校の意義が失われてしまうのではなかろうか。

 そもそも学校の始まりとは何だろう。学校の始まりについては諸説あるとして,学問の場としてはっきり定義された最初の学校はプラトンによるアカデメイアが有名である。プラトンはソクラテスの死をきっかけに学校の必要性を感じたとも言われている。ソクラテスは社会を変えるために大人に訴えかけた。それには賛同するものも多かったが残念ながら権力に刃向かう人物として最後には毒を飲むことになった。「社会を変えるためには子どもから」というプラトンの意向からアカデメイアができたという説は学校の意義をしっかりと今に教えている。

 そう。学校には社会を変える力があるはずなんだ。この力が失われているだけなんだ。確かに社会に身につく技術や考えをもつことは大切だ。しかしながら,学校が全てそのような社会の仕組みにとらわれてるだけの場所になっているのもなんとなく悲しい。

 今,全ての業種や仕事は本来の力を失っているのかもしれない。そんなことも踏まえて僕はよく仕事について考えるようになった。職場や知人と話すと,多くの人が仕事に対する価値観が変わり始めていることに気付く。人生という大きなくくりが再考され,仕事に求めるもの,何を大切にするかという価値観が大きく変わり始めているのかもしれない。

 一つ言えることは,学校にできること,学校でできることを見極める大事な節目にあるということだ。新しい可能性も探していく必要もありそうだ。僕はこの仕事の可能性を信じている。確かに学校にも変化が必要だと思う。でも正直こういったのを外部から言われるはもう飽きた。だから僕は現場から発信する人間になっていきたい。


2020年8月14日

梅雨明けのこと



あ。ハートマークだ。

梅雨明け 僕がいつも停める駐車場から。
もっと早く気付いていたはずなのに
なんでも休憩って大切だね!


 

2020年8月8日

雑記

■ 変わらない。変えない。変えにくい。

 学校現場では恒久的,普遍的な考えが基本となっている。長い目で組織を考える視点はすばらしい。だが税金を投資して活動している点から,足並みをそろえる必要があり,これが活動のスピードが著しく遅くなることがよくある。このあたりを打破できる人材が優秀な人で,実は多くが切望しているところなのだ。だれかがやらなくては・・・。といつも思っているのだが目の前の仕事に追われ,通常の業務に溺れている。

■社会的立場の変化

 学校は以前に比べ立場が低くなったことが言える。学校は社会を変革する力や能力を育てる場所であるはずなのだが,そもそも社会のニーズに応えるための施設に捉えられるようになった。これは以前からそうであったが,どうも学校は社会変動に対応できない人間を育てているのではないかという疑問から,学校に責任をもとめるようになった。キャリア教育もその一環として始まった事業である。フリーター,ニートの原因は学校教育にあるのではないかという根本的な部分が問われるようになった。
 僕は,社会に適応する人間を育てるための学校であれば,それはレベルの低い目標だと思う。そもそも社会変革のための学校であったためなのに。教育の可能性が見失われているのは残念でならない。

■ロールモデルの崩壊
 
 時代を言ってもしょうが無いが,僕自身を振り返ると学校は何も教えてくれなかった。学校で学ぶべきものはもっとあったのではないか。そんな大人の問いが今現場に直接おりてきた。そもそも僕は学校から学んだものはあるのだろうか。学校から教えてもらうのことは少ない。結局学校のあり方がどうたらという問題でもないのか・・・。そんな疑問がよぎる。

■自由だからこそ伸びる子ども

「言われたとおりにやるだけじゃだめだ」ということを大人から「言われる」という矛盾。
教えてもらった方が安心、答えを安直に探す時代、探し求める楽しさよりよりも「安心を得るための答え」を最短距離を探すようになった。以前より自由になった。しかしこれによって今の時代に自立を促すのは最も難しいことなのかもしれない。


模索が続く・・・。

2020年8月3日

雑記

近年,部活動のあり方が大きく変わっているのはご存じだろうか。

 教員の多忙解消の一環として段階的に行われた規模の縮小。平日の活動時間,土日の活動制限,そして手当の事実上の減額など。最近ではコロナウイルスの感染拡大予防として相次ぐ大会の中止など,活動そのものの意義が再度問われるきっかけとなっている。

 実は,この部活動を巡る問題は考えると根が深い。社会構造の変化や学校全体のあり方も大きく関わっている。今回の雑記はただの昔を懐かしむものにはしたくない。僕はこの部活動削減は教育に新たな問題提起が浮かばせたと思っている。社会の変化の波に学校も対応を迫られている。この流れについて僕自身の考えを書いてみることにする。

多様化への対応をせまられる学校

 結局僕が言いたいのは,「部活動で味わう感動や学びを,授業やその他の活動で味わわせていく必要がある」ということだ。こんなの無理だろうという人がほとんどかもしれない。ただ部活動は教員の仕事としては今後の活動には期待できない。部活は10年後には無くなっているいるという教育研究者もいるくらいだ。
 部活を考える前に学校の価値観の変容について考えてみたい。今は社会全体が個人主義,もしくは個人の多様化があまりにも進みすぎていること。そのことで学校に対する価値観が大きく異なることで。「部活」に意義を見いだした人とそうでない人が多くいるのがそもそもの問題なのかもしれない。そもそも人間は多様である。その多様性が「なんでもあり」である場合集団は維持できない。組織もルールなしでは成しえない。その基本原理や社会集団に属するための第一段階として学校が存在しているはずであった。その基本原理を学ぶ場所が「教室」であり,「授業」であり,「部活」であった。この考えは今でも主流であるが,僕は今の学校は現在社会で言われている多様性を受け入れるための仕組みが整っていないと思っている。「教室に入れない子」「授業についていけない子」そして「部活に入れない子」,その他もろもろの学校に適応できない子に対する方針や考えまとまっていないのだ。集団に属することができない子どもがいる場合,環境作りは教員の最重要任務だ。それがその子の特性なのか個人のわがままなのか微妙な問題に直面する。これが本当に難しい。

・一定の規律をもった集団をつくる目的の学校。
・多様化を認めていく学校
 
 このジレンマは常にもあったのかもしれない。だが昨今の部活動のあり方が問題が話題になるにつれてより明るみにでてきたという感じがしている。

負担

 部活指導は,本当に難しい。顧問の裁量が大きい点、子どもの自由度が高い点,技術面を指導できない点は確かに教員の負担になる。逆に言うと教員のキャラクターや個性が生かせる場面が多く長い間講師を続けていた僕にとっては自分らしさが出せる楽しい場所であった。技術を学ぶ点などは確かに時間を要したが,それが負担だったかと言われると,そんなことはなかった。
 ただ周囲には,バスケの指導の難しさ,保護者対応の失敗や体力面などで顧問から外れている先生も多かったような覚えがある。対外試合などでせっかく仲良くなった先生も翌年になると変わっていたケースもあって残念なことも多かった。後にその理由を聞くと上記のような問題を抱えたことが多く部活動の難しさを痛感することも確かにあった。
 時間的な問題もあるだろう。以前はクラブチームを運営していた僕は生活のほとんどを練習時間に費やしていた。バスケは本当に好きでやっていた。思いだけで全て仕事をしていたように思える。当時は自分のことしか考えていなかったのかもしれない。それが正しい都すら思っていた。でも今になるとこれは確かに強要すべきするものではない,異動をする公務員であるという自覚が必要であった。組織が恒久的、永続的に続くものを作り上げなくてはいけなったことは今となっては反省材料である。引き継ぐ人にとっては同じようにやらなくてはいけないという負担があることを考えなくてはいけなかった。

部活削減とその後

 部活が削減されていくなかで,僕自身も部活のあり方を考えるきっかけになった。部活動で学んだ人間形成について代替する活動はないかということだ。全国レベルの上位の大会で活躍する生徒の表情や感動の会場の雰囲気は今後どのように味わわせたらよいのだろうか。違う道があるのだろうか。僕の中で模索が続いている。
 むしろ今問われているは,部活動をやらなかった先生たちかもしれない。本当に同じような感動や成長を見込めるのだろうか。ただ部活をやりたくなかったのか,他の方法に期待していたのか。
 あの時の感動を!なんていいう言い方はこの時代にはそぐわないだろう。確かにごく一部の人間に与えられた感動も不平等なのかもしれない。一般論,典型的という不確かなものに,メスが入ったのかもしれない。結局のところスポーツのあり方も変わってくるのかもしれない。今後の社会全体の動きも大きく関係していく学校であるからこそ,迅速に動く必要があるのだろう。子どもに接する思いや社会の流れに敏感であるという姿勢だけは今後も大切にしていきたい。